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英語・英文学を中心に、言語や文学と関連して考えたり思いついたりしたことを書いていきます。
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2019/11/21 (Thu)
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2016/03/19 (Sat)
1960年代に人気を博したイギリスのSFテレビシリーズに『サンダーバード』がある。個人的には世代が違うため、それほどこのシリーズについてよく知っているわけではないが、Thunderbirds are go ! というこの番組の「決まり文句」のことは知っていた。

最近たまたま見たある番組の中で、英語に詳しいコメンテーターが、この「決まり文句」をbe動詞(are)と一般動詞(go)が一緒に用いられた非文法的な文の例として挙げていた。日常会話等をはじめとして、文法書に示されたような厳密な文法には従わない言葉遣いが横行しているというのは事実である。しかし、『サンダーバード』で繰り返し使われた「決まり文句」については、非の打ちどころなく文法的な文であり、このコメンテーターが述べたことは当たらない。

しかしいずれにしろ、この種の言い回しを知らなければ、このコメンテーターが言うように、be動詞と一般動詞とが一緒に使われているようで、おかしな文に見えると言うのも事実である。そこで、(辞書を引いてみればすぐに答えの出る単純な問題ではあるが)ここにこの表現についてまとめておくことにした。

be動詞の後に動詞の原形が来ることもないことはない。例えば、Queen の “Play the Game” という曲の中の、All you have to do is fall in love…. という歌詞にも見られるように、all you have to do is の後には原形動詞が続くことがある。最近では、この種の言葉遣いがより広く行われるようになってきており、例えば、大学のシラバスなどを見ていても、The objective of this course is obtain a basic understanding of …. というような言葉遣いが見られることがあるように、be動詞の後、本来であればto不定詞が続くところに原形動詞が用いられるケースが散見されるようになってきている。しかし、『サンダーバード』の決まり文句については、この種の言葉遣いではないことは明らかである。

そこで、辞書でgoを引いてみると、最もよく知られた動詞としての用法の他に、名詞そして形容詞の用法があることが分かる。特に形容詞としてのgoには「準備完了した、異常のない、順調な」等の意味があるということが分かる。OED Onlineではさらに、このgoはもともとは宇宙工学の分野で使われる語であったとも記されている。『サンダーバード』のgoもこの形容詞のgoであり、問題の決まり文句を敢えて和訳すれば、「サンダーバード異常なし」といったような意味である。このgoは、他にもall systems are go「全システム異常なし」などとしてよく用いられる。

この意味のgoは、OED Onlineによると、もともとアメリカで使い始められたもののようで、初出例は1961年5月6日のNew York Timesの記事の中に見つかるらしく、そこでは、Fuel is go. や All systems are go. という形で使われているらしい。『サンダーバード』の放送が始まったのは1964年であるから、その当時のイギリスにおいては、このgoの使い方はまだかなり目新しいものだったのかもしれない。2060年代の世界を舞台としたSFシリーズには、そのような最新の用語が相応しいと感じられ、「決まり文句」に採用されたのかもしれない。

なお、このgoの反対語は no go「正常に作動していない、異常のある」で、こちらは1952年が初出らしい。

Thunderbirds are go という決まり文句は、1966年の映画版、および2015年のリメイク版テレビシリーズのタイトルにもなっており、文字通りこのシリーズを代表するような言葉であると言って良いだろう。 

以下は、Thunderbirds are go ! という言葉が聞ける、『サンダーバード』シリーズのテーマソングの動画。Thunderbirds are go !
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2015/02/13 (Fri)
同じ英語でも、イギリス英語とアメリカ英語の間にはいろいろな違いがあるということはよく知られています。pants(英「パンツ」、米「ズボン」)のように同じ語が別々のものを表すこともあれば、「行列」を意味する queue (英)と line(米)のように、同じものを表すのに別々の単語が使われることもあります。

中には underground と subway のように、英米で意味があべこべになっているものもあります。underground はイギリスでは「地下鉄」を、アメリカでは「地下道」を表すのに対し、subway はその逆で、イギリスでは「地下道」、アメリカでは「地下鉄」を表します。

ロンドンの街中を歩いていたら、underground と subway とが両方使われた以下のような看板が目に留まりました。上記のような英米における異なる語彙使用のことが思いおこされ、そのためにやや頭が混乱し、一瞬、看板の意図を理解し損ねました。それで写真を撮っておくことにしました。



undergroundの方はロンドンの地下鉄のロゴで、明らかに「地下鉄」の意味で使われたものです。問題はその下の subway の方です。ロゴは地下鉄駅の目印として街のあちこちで見かけるものですが、その下に subway と書かれているものはあまり見かけません。

上記のようなことを考えると、もしかするとアメリカ英語を使う人に配慮して、アメリカ英語における語彙も併記したのかとも思われます。例えば、アメリカ版の『ハリー・ポッター』では、アメリカの読者に合わせてイギリス風の言葉遣いがアメリカ風に改められているらしく、最近は街中の標識でも似たような配慮をすることがあるのかな、などと思ったりしながら標識の下にある駅へ続く階段を覗き込んで初めて標識の意味を正しく理解しました。

考えてみれば当たり前のことですが、ここはロンドン(イギリス)であり、subway もイギリス英語の意味で理解すべきところでした。つまりこの標識は、地下鉄駅そのものではなく、そこに続く地下道の入り口がここにあるということを示した看板だったのです。

当然といえば当然のことですが、上記のような問題と関連して少し面白い勘違いをしたのでここにそれを書き留めてみました。。。
2015/01/04 (Sun)
ロンドンの下町に生まれ育った人達、あるいは彼らの話す訛りの強い英語のことをコクニー(cockney)といいます。親子三代続けて東京(江戸)生まれでないと本当の「江戸っ子」ではないというようなことが言われることがありますが、コクニーの場合は、St Mary-le-Bowという教会の鐘の音が聞こえる範囲内で生まれなければ本当のコクニーではないとも言われることがあります。このような考えに基づいた born within the sound of Bow Bells「ボー教会の鐘の音が聞こえるところで生まれた」という表現もあります。

OED Online によると、このような文脈で使われた Bow Bellsという言葉の最初の記録は、1600年に出版された Samuel Rowlandsという人の The Letting of Humors Blood in the Head-vaine という本に見つかり、コクニーに関する上記のような考え方にも非常に長い歴史があるということが分かります。



St Mary-le-Bow はロンドンの「シティ」のほぼ中心に位置し、その鐘の音の聞こえる範囲というのは、大まかに「シティ」のことを表すものと考えられています。もっとも現在では、「シティ」生まれでなくとも、「シティ」のあるロンドン東部、イースト・エンドの辺り、あるいはより広くロンドンの出身で、ロンドン訛りの英語を話す人には全般的にコクニーという言葉が使われているように思います。

いずれにしろ、St Mary-le-Bow はシティの中心にあり、コクニーの「聖地」のような教会としてよく知られており、ロンドン観光の一環としてこの教会に足を運ぶ人も多いようです。

この教会に実際に行ってみると、ここにはもう一つ英語の歴史と関連したものがあることに気づきます。教会の庭の真ん中に像が一つ立っています。この像は Captain John Smith の像で、いかにも17世紀の船長らしい姿の像です。



16世紀末頃から、北米大陸に植民地を作るべく、イギリスからの植民が行われるようになりましたが、最初のうちはアメリカの厳しい環境に適応しきれず、植民計画はなかなかうまくいきませんでした。試行錯誤の末、最初の永住植民地となったのは、1607年に建設が始まったヴァージニアのジェームズタウンでした。Capitain John Smith はこの時アメリカに渡り、1608年からその翌年にかけて、最初期のジェームズタウンを築くに当たって中心的な役割を果たした人物として知られています。

ジェームズタウンを中心とするヴァージニア植民地の成功により、イギリスからの移民がアメリカに多く渡るようになり、この動きがやがてアメリカ合衆国の成立へと繋がっていくのです。したがって、Captain John Smith は北米大陸に英語話者を根付かせるのに大きな役割を果たした人物であるということが出来ます。そしてイギリスおよびそれに次ぐアメリカの発展ゆえに、今や英語は世界の共通語とも言えるような地位に登り詰めました。その意味で、Captain John Smithは英語の世界進出の第一歩を助けた人物とも言えるように思います。

Captain John Smith の像が St Mary-le-Bow の中庭にあるのは、アメリカに渡る以前の彼がこの教会を含む教区に属していたからです。教会の中庭の彼の像の台座には、上記のような彼の功績を踏まえ、次のような言葉が刻まれています。
CAPTAIN JOHN SMITH
CITIZEN AND CORDWAINER 
1580-1631
FIRST AMONG THE LEADERS OF OF THE SETTLEMENT
AT JAMESTOWN VIRGINIA
FROM WHICH BEGAN THE OVERSEAS EXPANSION 
OF THE ENGLISH-SPEAKING PEOPLES


というわけで、St Mary-le-Bow はコクニーの「聖地」であり、なおかつ英語の世界進出とも所縁の深い場所だというお話でした。。。




2013/04/21 (Sun)
英語で 醤油のことを soy sauce というということはよく知られている。また、soyやsoybeanが大豆を意味することもよく知られている。しかし、このsoyが実は日本語の「醤油」に由来する語だということはあまり知られていない(soyは「醤油」の意味でも使われる)。
 
前回の「梅干し」に由来するmebosの場合と同じように、鎖国時代の日本とオランダとの付き合いを通じて、日本語の「醤油」がまず soyaやsoja としてオランダ語に入った。そしてこれがオランダ人とイギリス人との付き合いを通じて英語に入り soyaや soy となったのである。前者は1679年、後者は1696年にそれぞれ最古の例が記録されている。
 
それ以来現在まで、英語ではこれら両方の形が使われているが、soyそれ自体は「醤油」の意味で用いられることが多いのに対し、soyaの方は「大豆」を意味することが多いようである。意味の棲み分けがなされてきているということであろう。
 
特に soy は英語本来語であってもおかしくないような響きの語だが、実は「醤油」の訛ったものであるというのは意外で面白い。

ちなみに、「醤油」はより日本語の発音に忠実な shoyu という形でも英語に入っている(最古の記録は1727年のもの)。したがって、soya, soy, shoyu はいずれも「醤油」に由来する三重語ということになる(三重語についてはこちらのページも参照)。









 
 
2013/03/29 (Fri)
異なる言語を使う人々が交流すると、人的交流と並行して文化的・言語的交流も行われるものである。日本語にも外国との付き合いを通じて多くの借用語が入っている。それと同時に、日本との付き合いにおいて、外国語に日本語の語彙が「輸出」されるということも起きている。語彙の借用は、言語的な交流の一番分かりやすい結果であり、借用語の歴史を辿ってみると、関係国の歴史の一面を垣間見ることができて面白い。その様な観点から、今回は英語に入った日本語語彙の一例として、「梅干し」について書いてみたいと思う。
 
1630年代より1854年の日米和親条約締結まで、徳川幕府は所謂「鎖国」政策により外国との付き合いを大幅に制限していた。この間、欧米諸国の中で日本との通商を維持した唯一の国は、長崎の出島に商館を置いたオランダであったということはよく知られている。したがって、この時代に欧米の文物が入ってくるとすれば、それは基本的にみなオランダ経由ということになり、これは言語についても同じであった。
 
例えば、日本で初めての英文法書として知られる『英文鑑』(1840) は、現在学校で教えられるような英文法を確立し、広く世に広めたとされる Lindley Murray (1745-1826) の English Grammar Adapted to the Different Classes of Learners (1795) の翻訳であるが、Murray の書いた英語の原典から直接訳されたものではなく、同書のオランダ語訳を日本語に訳したものである。
 
このように、鎖国中はオランダが日本と欧米との間の架け橋となっていたと言えるが、当然ながら、日本が影響を受けるばかりでなく、日本の文物がオランダを通じて欧米社会にもたらされるということもあった。その一つの例として、「梅干し」という言葉が挙げられる。
 
通常使われない語だが、英和なり英英なりの大辞典を引いてみると、mebos(あるいはmeebos)という語が載っていることがある。もし載っていれば、これは主に南アフリカの英語で用いられる語彙だとも恐らく書いてあるだろう。そして語源欄を見ると、日本語の umeboshi に由来する(か?)と記されていることが多い。この語は(干した)杏子を砂糖と塩に漬けて作った砂糖菓子の一種を意味するらしい。
 
しかしなぜ日本語の「梅干し」が特に南アフリカの英語に入ったのだろうか。そのヒントとなるのが上記のような日本とオランダとの歴史的な関係である。OEDを見るとmebosの最初の用例は1793年のもので、これは鎖国が始まってから1世紀半ほど後であり、欧米諸国の中ではオランダとしか付き合いがなかった時代である。
 
一方、南アフリカは、やはり鎖国中の1652年以来、順次オランダに植民地化されていった。そのため、南アフリカにはオランダ語が根付き、やがてこれが独自の発達を遂げ、現在ではアフリカーンス語という言葉になっている。アフリカーンス語は南アフリカの公用語のひとつで、2011年の調査によれば、アフリカ系の2言語に次いで話者が3番目に多い言語となっているという(英語は4番目)。このような歴史を考えれば、まず鎖国中の日本とオランダとの付き合いを通じてオランダ語に入った「梅干し」が、植民地の南アフリカに伝わったと考えられそうである(後述のように、このことを示す当時の文献も見つかっている)。
 
オランダより大分遅れて、イギリスも1795年から本格的に南アフリカに進出し、19世紀前半にはオランダに取って代わって南アフリカを植民地化した。1822年には英語が公用語となり、教育や法律を始め公的な場面で用いられる主要な言語となった(その後、南アフリカは1910年に自治領となり、1931年にはイギリスから独立した)。このようにして、南アフリカの植民地支配を通じ、オランダ語(後にアフリカーンス語)と英語とがこの地で出会うこととなり、両言語間の言語接触によりオランダ語から英語に語彙が入ったのである。
 
「梅干し」に由来するmebosについては、イギリスが本格的に南アフリカに進出するより少し前に既に記録されており、この地におけるオランダ語話者と英語話者との付き合いは、イギリスが本格的に植民地支配に乗り出す以前から既に始まっていたということが分かる。
 
さて、上記のように、mebosの語源については、日本語のumeboshiに由来する(か?)と、疑問符付きになっていることがあり、中には別の語源説が併せて紹介されている辞書もある。OEDの第2版にも、’prob. ad. Jap. umeboshi’ とあり、やはり完全に「梅干し」が語源だとは言いきっていない。あるいは、早川勇『英語になった日本語』(春風社、2006年)という本にも、「mebosやmeebosが日本語語源かは怪しい」(p. 54)とある(ただし、その次のページでは「『ウメボシ』がオランダ語を経由して英語に入ったのはまず間違いないだろう」とされており、結局日本語語源説が支持されているのだが)。
 
一方、OED Online においては、mebosの語源は ’South African Dutch, Dutch mebos dried and sugared apricots (1673) < Japanese umeboshi, preserved Japanese apricot …’ とあり、第2版の probablyは消え、代わりに語源欄の最後に ‘There is a record of 6 tubs of mebos being exported from Japan aboard a Dutch ship on 27 Nov. 1673.’ と付け加えられている。1673年のオランダ語の記録の中に日本から輸出されたmebosのことが言及されており、これがこの語の最古の記録であることから、やはりmebosは日本語の「梅干し」の訛ったものであろうということである。1793年の英語における最初の記録についても、話題にされているのはやはり日本のmebosのことである。
 
というわけで、mebosという聞きなれない単語の背後には、日本とオランダ、オランダと南アフリカ、イギリスと南アフリカ、そして南アフリカにおけるオランダとイギリスとの関係が絡んでおり、この語の歴史を学ぶことは、これら各国の歴史やその史的関係性をも学ぶことにつながる。この場合のように、取るに足らないように見える小さな問題が、実は大きな問題とつながっていることに気づかされることがあったりするのが単語の歴史を学ぶ醍醐味の一つだと思う。

以下は OED Online のデータに基づき作成した英語における日本語借用語501語の借用時期と借用語数の推移を表した折れ線グラフ(データは2013年3月29日現在のもの)。19世紀半ばの開国と前後して日本語が急激に英語に入っていることが分かる。なお、一番古い日本語借用語は1577年に記録がある Kuge(公家)、最も新しいのは2000年が初出とされる Sudoku(数字を使ったパズルゲームの一種)である。

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