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英語・英文学を中心に、言語や文学と関連して考えたり思いついたりしたことを書いていきます。
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2012/03/09 (Fri)
~マケイン氏は「カインの息子」か?~

Cain というファミリー・ネームがある(綴りは他にも Caine, Kain, Kaine, Kayne, Cane, Kaneなどいろいろある)。例えば、スーパーマンの役を演じたことで知られる俳優、ディーン・ケイン(Dean Cain)や、ロックバンド、ジャーニーでキーボードを弾いていたジョナサン・ケイン(Jonathan Cain) など、有名人の名前にも見られる。
リポビタンDのコマーシャルなどでよく知られるケイン・コスギ(Kane Kosugi) という俳優の名前「ケイン」も(ファースト・ネームのようだが)、同じものかもしれない。

ところで、Cainという名前を聞くと、旧約聖書「創世記」に出るカインのことを思い出す(このカインは、英語ではCainと綴られ、「ケイン」と発音される)。カインはアダムとイブの間に生まれた最初の子で、妬みがもとで弟アベルを殺し、人類最初の殺人者となり、それにより楽園から追放された。
 
僕の専門分野である古英語文学の傑作『ベーオウルフ』には、英雄ベーオウルフと戦うグレンデルという食人怪物が登場する。このグレンデルはカインの末裔とされ、最初の殺人者の子孫という呪われた運命を背負い、人間界とは隔絶されて生き、人間に敵意を抱く者として描かれている。カインというと、このような不吉なイメージがつきまとう。
 
オバマ現アメリカ大統領と大統領選を戦ったマケイン氏の名は、綴ると MacCain であり、これは「Cainの息子」というのがその原義である(Mac-はゲール語で「息子」を意味する mac に由来)。Cainを旧約聖書のカインだと考えると、マケイン氏の名も、『ベーオウルフ』の中のカインの末裔グレンデルを連想させる、何やら不吉な名前のように感じられる。
 
Cain だとか MacCain だとか、聖書の中の不吉な人物を思い起こさせる名前がなぜファミリー・ネームとして定着したのか、かねてから不思議に思っていた。社会のつまはじきにされた人のあだ名として「カイン」が使われ始め、それが徐々にファミリーネームになったのか、などと想像を巡らせていたが、この名前の起源を調べてみたところ、空想と現実とは大分異なるということが分かった。

まず、調べてみたところ、ファミリーネームとして使われるCainは、そもそも旧約聖書のCainと語源的には関係がないようだということが分かった。Cainおよびその異形は以下のような様々な起源を持つ(これ以外にもさらにもういくつか起原があるが、話が細かくなるのでそれらは省いた)。

① Ceindrych, Ceinlys, Ceinwen等、ウェールズ語 cain「美しい」に基づく名前が約まってKeina等となった。
② Cathain, Cathan等、ゲール語 cath「戦い、戦士」に由来。
③ 古仏語 cane 「籐、葦」に由来。
④ ガリア語起源の地名 Caen (< catu「戦い」+magos「野」)に由来。
 
①は本来女性名、②は本来男性名として用いられたもの。③は、ひょろっと背の高い人に対するニックネームとして使われたものがやがて名字として定着したもの。④は「カン」というノルマンディの地名で、その土地に住んでいる人が住んでいる土地の名で呼ばれているうちにそれがファミリーネームとして定着したもの。da Vinci「ヴィンチ村の」(Leonardo da Vinci)や、d'Aquino「アキノの」(Thomas Aquinas)など、出身地(あるいは住んでいる場所)がニックネーム的に用いられることはよくある。
 
いずれにしろ、Cain というファミリーネームと、旧約聖書の Cain とは、最終的にたまたま同じ綴り・発音となっただけで、当初は全く別物だったということである。そういうわけで、マケイン氏の名も、旧約聖書のカインの息子を意味する不吉な名前ではないということである。
 
Cain という名前を聞いて、旧約聖書のカインを連想し、つまはじきにされた人にこのような名前がつけられたのか、などと考えるのは、民間語源(folk etymology)の一種といえる。民間語源とは、本来の(学問的な裏付けのある)語源とは関係ない、空想や憶測に基づく勝手な語源解釈のことである。
 
スパゲティ・アラビアータやペンネ・アラビアータというパスタ料理があるが、アラビアータだから何となく「アラビア風」ということかなと思っている人がいるとしたら、これも民間語源である。アラビアータは唐辛子が効いたトマトソースが特徴で、アラビア料理も何となくスパイシーな印象があり、「アラビア風」でもそれはそれで良さそうな気がするかもしれないが、語源的には、アラビアータはアラビアと全く関係ない。

アラビアータは、イタリア語の arrabbiato 「怒った」に由来し、特に、all'arrabbiataという表現で「唐辛子の効いたソースとともに」という意味で用いられる。食べると怒った時のように体が熱くなるということで、唐辛子の効いたソースを使った料理を言い表すのに、このような表現が生まれたようである。
 
Cain やアラビアータのように、何となくこの言葉の語源はこうかなと思い当たるということも時々あるが、そのアイディアが全くの的外れということも少なからずある。というわけで、想像力を巡らせて語源について考えてみるのは良いとしても、それを人に話したり、ましてや文章に書く場合には、必ず事前に良く調べないといけないなと改めて思った次第である。
 
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中世英語英文学や英語史を専門とし、駒澤大学文学部で教えています。さらに詳しくは、ホームページをご覧ください。
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