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英語・英文学を中心に、言語や文学と関連して考えたり思いついたりしたことを書いていきます。
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2013/03/29 (Fri)
異なる言語を使う人々が交流すると、人的交流と並行して文化的・言語的交流も行われるものである。日本語にも外国との付き合いを通じて多くの借用語が入っている。それと同時に、日本との付き合いにおいて、外国語に日本語の語彙が「輸出」されるということも起きている。語彙の借用は、言語的な交流の一番分かりやすい結果であり、借用語の歴史を辿ってみると、関係国の歴史の一面を垣間見ることができて面白い。その様な観点から、今回は英語に入った日本語語彙の一例として、「梅干し」について書いてみたいと思う。
 
1630年代より1854年の日米和親条約締結まで、徳川幕府は所謂「鎖国」政策により外国との付き合いを大幅に制限していた。この間、欧米諸国の中で日本との通商を維持した唯一の国は、長崎の出島に商館を置いたオランダであったということはよく知られている。したがって、この時代に欧米の文物が入ってくるとすれば、それは基本的にみなオランダ経由ということになり、これは言語についても同じであった。
 
例えば、日本で初めての英文法書として知られる『英文鑑』(1840) は、現在学校で教えられるような英文法を確立し、広く世に広めたとされる Lindley Murray (1745-1826) の English Grammar Adapted to the Different Classes of Learners (1795) の翻訳であるが、Murray の書いた英語の原典から直接訳されたものではなく、同書のオランダ語訳を日本語に訳したものである。
 
このように、鎖国中はオランダが日本と欧米との間の架け橋となっていたと言えるが、当然ながら、日本が影響を受けるばかりでなく、日本の文物がオランダを通じて欧米社会にもたらされるということもあった。その一つの例として、「梅干し」という言葉が挙げられる。
 
通常使われない語だが、英和なり英英なりの大辞典を引いてみると、mebos(あるいはmeebos)という語が載っていることがある。もし載っていれば、これは主に南アフリカの英語で用いられる語彙だとも恐らく書いてあるだろう。そして語源欄を見ると、日本語の umeboshi に由来する(か?)と記されていることが多い。この語は(干した)杏子を砂糖と塩に漬けて作った砂糖菓子の一種を意味するらしい。
 
しかしなぜ日本語の「梅干し」が特に南アフリカの英語に入ったのだろうか。そのヒントとなるのが上記のような日本とオランダとの歴史的な関係である。OEDを見るとmebosの最初の用例は1793年のもので、これは鎖国が始まってから1世紀半ほど後であり、欧米諸国の中ではオランダとしか付き合いがなかった時代である。
 
一方、南アフリカは、やはり鎖国中の1652年以来、順次オランダに植民地化されていった。そのため、南アフリカにはオランダ語が根付き、やがてこれが独自の発達を遂げ、現在ではアフリカーンス語という言葉になっている。アフリカーンス語は南アフリカの公用語のひとつで、2011年の調査によれば、アフリカ系の2言語に次いで話者が3番目に多い言語となっているという(英語は4番目)。このような歴史を考えれば、まず鎖国中の日本とオランダとの付き合いを通じてオランダ語に入った「梅干し」が、植民地の南アフリカに伝わったと考えられそうである(後述のように、このことを示す当時の文献も見つかっている)。
 
オランダより大分遅れて、イギリスも1795年から本格的に南アフリカに進出し、19世紀前半にはオランダに取って代わって南アフリカを植民地化した。1822年には英語が公用語となり、教育や法律を始め公的な場面で用いられる主要な言語となった(その後、南アフリカは1910年に自治領となり、1931年にはイギリスから独立した)。このようにして、南アフリカの植民地支配を通じ、オランダ語(後にアフリカーンス語)と英語とがこの地で出会うこととなり、両言語間の言語接触によりオランダ語から英語に語彙が入ったのである。
 
「梅干し」に由来するmebosについては、イギリスが本格的に南アフリカに進出するより少し前に既に記録されており、この地におけるオランダ語話者と英語話者との付き合いは、イギリスが本格的に植民地支配に乗り出す以前から既に始まっていたということが分かる。
 
さて、上記のように、mebosの語源については、日本語のumeboshiに由来する(か?)と、疑問符付きになっていることがあり、中には別の語源説が併せて紹介されている辞書もある。OEDの第2版にも、’prob. ad. Jap. umeboshi’ とあり、やはり完全に「梅干し」が語源だとは言いきっていない。あるいは、早川勇『英語になった日本語』(春風社、2006年)という本にも、「mebosやmeebosが日本語語源かは怪しい」(p. 54)とある(ただし、その次のページでは「『ウメボシ』がオランダ語を経由して英語に入ったのはまず間違いないだろう」とされており、結局日本語語源説が支持されているのだが)。
 
一方、OED Online においては、mebosの語源は ’South African Dutch, Dutch mebos dried and sugared apricots (1673) < Japanese umeboshi, preserved Japanese apricot …’ とあり、第2版の probablyは消え、代わりに語源欄の最後に ‘There is a record of 6 tubs of mebos being exported from Japan aboard a Dutch ship on 27 Nov. 1673.’ と付け加えられている。1673年のオランダ語の記録の中に日本から輸出されたmebosのことが言及されており、これがこの語の最古の記録であることから、やはりmebosは日本語の「梅干し」の訛ったものであろうということである。1793年の英語における最初の記録についても、話題にされているのはやはり日本のmebosのことである。
 
というわけで、mebosという聞きなれない単語の背後には、日本とオランダ、オランダと南アフリカ、イギリスと南アフリカ、そして南アフリカにおけるオランダとイギリスとの関係が絡んでおり、この語の歴史を学ぶことは、これら各国の歴史やその史的関係性をも学ぶことにつながる。この場合のように、取るに足らないように見える小さな問題が、実は大きな問題とつながっていることに気づかされることがあったりするのが単語の歴史を学ぶ醍醐味の一つだと思う。

以下は OED Online のデータに基づき作成した英語における日本語借用語501語の借用時期と借用語数の推移を表した折れ線グラフ(データは2013年3月29日現在のもの)。19世紀半ばの開国と前後して日本語が急激に英語に入っていることが分かる。なお、一番古い日本語借用語は1577年に記録がある Kuge(公家)、最も新しいのは2000年が初出とされる Sudoku(数字を使ったパズルゲームの一種)である。

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